丸亀城は一度廃城となっていましたが、1641年に西讃岐(香川県西部)を領有することになった山崎家治が、徳川幕府の許可を得て再建工事を開始します。工事は次の領主・京極氏に引き継がれ、1670年頃に一応の完成を見ています。この城の最大の特徴である一・二・三段に積まれた高石垣は、山崎・京極氏時代に新規に積まれた石垣です。天守は現存の中で最も小規模な三重三階の規模で、高さ15mほどです。完成は、1660年と言われています。大手門から眺めた天守は、幾重にも重なる高石垣上に聳え立ち、規模以上の存在感を示しています。北側ほぼ中央部に位置する大手門は、城下側の高麗門が二の門、城内側渡櫓門(太鼓門)が一の門です。枡形内には、見せるための巨石(鏡石)を配置しています。